Yoko's Message






My blood



 台風が上陸間近の

ひどく荒れた夜だった。




傘を飛ばされそうになりながら

当日券あり、

という新聞の文字に

引き寄せられるように、

ひとりコンサートに出かけたことがある。


 アメリカから来日したアーティストは

アンコール曲を歌いながら、

悪天候の中を

よく来てくれたとの感謝の印か、

両手いっぱいの真紅の花を

ちりばめるように

客席に放って

ファンを沸かせた。






だれの人生も

挫折と再起の積みかさねであるに

ちがいないが、

ステージから飛んできた

紅い花をつかまえた瞬間が、

私には

いくつめかの

新しい出発点を見つけ、

立ち上がるきっかけになった。


どうやって

生きていけばよいのだろう。

そんな息苦しくなるだけの悩みと迷いは、

いかにしたら

この花を

嵐の中、

無事に自宅へ

持ち帰れるかという

それにとってかわっていた。


雨傘用の細長いビニール袋を利用しようか、

などとあれこれ考えを巡らせているとき、

私は自分の不幸を忘れた。

まったく忘れていた。




 あれから5年。

机の隅に

あのときの薔薇が飾ってある。



一枚ずつ壊れるように

花びらは落ち、

葉や茎とて

すっかり色あせて

かつての美しさはどこにもない。


だがこの花を眺めては、

日常の煩わしさ、

憂鬱な出来事、

悲しみや嘆き、

孤独といった

諸々の痛みを

束の間、忘れてもらえる

娯楽に徹した小説を

書きたいと、


夢を一輪、一途に

育ててきたつもりでいる。


面白い小説を書きたい。

それを叶える力を身につけたい。

思うのはこれしかない。







1996年 第42回江戸川乱歩賞「受賞のことば」より

渡辺容子

Rose is a rose





 


MIDI sound created by http://www.izmi.com/
(MIDI FILE Library & MIDI/DTM Solutions)